擬態/Mr.Children【歌詞の意味・解釈と感想】

『擬態』はMr.Childrenの2010年に発売されたアルバム『SENSE』の収録曲です。

 

そして2012年に発売されたベストアルバム『Mr.Children 2005-2010 <macro>』にも収録されております。

シングル曲ではないですが、ベストアルバムにも収録されてるのは彼らにとって自信作であり、ファンにとっても人気曲である事が伺えますよね。

 

 

擬態=生物が生存戦略の為に何かに似せる事。

 

この曲では、

現代社会に溢れる、擬態した様々なもの達の

苦悩や願望を比喩的なワード満載で表現されてます。

 

 

それでは僕なりの【歌詞解釈と感想】を綴ってまいります。

 

 

理想と現実の狭間で‥

 

ビハインドから始まった
今日も同じスコアに終わった
ディスカウントして山のように
積まれてく夢の遺灰だ

あたかもすぐ打ち解けそうに親しげな笑顔を見せて
幽霊船の彼方に明日が霞んでく

 

・ビハインド=遅れをとっている

・ディスカウント=値引き、割引き

 

なので、

良くない状況は変わらず、今日も一日が終わった現実

そんな毎日に、かつては描いていた夢(理想)は価値を失い、遺灰と化して山積みにされてゆく。。

 

 

そして

明日という日は

『あたかもすぐ打ち解けそうに親しげな笑顔』

を見せながら、

成仏されずにいる夢の遺灰を乗せた幽霊船

の彼方に霞んでいく。。

 

 

 

アスファルトを飛び跳ねる
トビウオに擬態して
血を流し それでも遠く伸びて
必然を 偶然を
すべて自分のもんにできたなら
現在を越えて行けるのに。。。

 

本来なら海面を飛び跳ねるトビウオ。

 

ここでは主人公を

現代社会の象徴であるアスファルトの上を、血を流しながら飛び跳ねるトビウオに例えられています。

 

それはまるで

アスファルトより上の理想の世界

アスファルトより下の現実の世界

行き来しながら、もがいている姿のようですね。

 

 

そして

必然や偶然の、全ての出来事を受け入れる事ができれば、自分はもっと成長できるのに。。

 

という願望でしょうか。

 

 

相棒は真逆のセンスと真逆の趣味を持って
アリキタリなことを嫌った
なんかそれがうらやましかった

ムキになって洗った手に
こびりついてる真っ赤な血
いつか殺めた自分にうなされ目覚める

 

自分とは真逆のセンスと趣味をもって、アリキタリな事を嫌う相棒。

それは自分にはない理想の姿をしていて、うらやましかった。

 

そして

そんな理想の相棒像は、

いつか殺めた自分であり、

現実を生きる為に押し殺してしまった

自分の中のもう1人の自分なのでしょう。

 

 

『ムキになって洗った手』や『うなされ目覚める』

という表現は、

自分を押し殺している事への不本意ではない心情が伺えますよね。

 

 

〝効きます〟と謳われたあらゆるサプリメントは
胃の中で泡(あぶく)になって消えた
デマカセを 真実を
すべて自分のもんにできたなら
もっと綺麗でいれるのに。。。

 

世の中にはデマカセもあれば、真実もある。

疑いだしたらキリがありませんが、自身を守る為には仕方ない事。

物事を斜めから見るのではなく、善も悪もないすべての事を受け入れる事ができれば、綺麗な心でいれるのに。。

という願望でしょうか。

 

まあ、実際は難しいですよね‥

 

富を得た者はそうでない者より
満たされてるって思ってるの!?
障害を持つ者はそうでない者より
不自由だって誰が決めんの!?
目じゃないとこ
耳じゃないどこかを使って見聞きをしなければ
見落としてしまう
何かに擬態したものばかり

 

お金持ちでも、どこか満たされてない者もいる。

貧乏人でも、心は満たされている者もいる。

障害者でも、不自由だと感じた事がない者もいる。

 

世の中は、表面だけ見てもわからない姿を変えた(擬態した)ものだらけである。

それは心の目で注視しないとわからないのかもしれませんね。

 

 

今にも手を差し出しそうに優しげな笑顔を見せて
水平線の彼方に希望は浮かんでる

アスファルトを飛び跳ねる
トビウオに擬態して
血を流し それでも遠く伸びて
出鱈目を 誠実を
すべて自分のもんにできたなら
もっと強くなれるのに。。。
現在を越えて行けるのに。。。

 

トビウオに擬態した彼が目指す先の水平線。

そこには希望が浮かんでいる(はず)。

 

現代社会の中で、生き抜くためにもがいている姿は、まさにトビウオのようですね。

 

『それでも遠く伸びて』

この部分にはそんな主人公のそれでも理想に向かって羽ばたく姿が見えます。

 

そして

出鱈目や誠実の全てを受け入れる事ができたなら、今よりも成長できるのに。

 

という願望でしょうか。。

 

 

まとめ

 

世の中は、表面だけ見てもわからない姿を変えた(擬態した)ものだらけである。

中には、生存競争のために、意図せず自分を押し殺し、擬態した者もいる。

 

 

そして曲中にある、

・必然↔︎偶然

・デマカセ↔︎真実

・出鱈目↔︎誠実

これらのように真逆の事柄すべてを受け入れる事ができれば現在を越えていけるのに。。

それはもはや、世の中に起こりうる全ての事を受け入れられる心があればという事でしょうか。

もはや神ですね。笑

 

 

 

誰もが本当の心の内にある自分で生きてるとは限りませんよね‥

理想と現実の狭間で揺れながら、それでも自分らしくありたいという願望を歌った曲だと僕には聴こえました。

 

 

以上が僕なりの『擬態』の【歌詞の意味・解釈と感想】でした。

ありがとうございました。